受贈詩書2018

らあめんの詩学


ラーメンの詩学


     *


 外は風。激しく鳴り、音を立てて抜けている。先月伐採された樹齢一〇〇年の欅のことを考

えている。この場所に住み着いて十五年、欅とともにあった歳月と、今もそこに残っている落ち

葉の、風に舞う音が重なって、心を揺らしている。三月九日、今年度の第三十回壺井繁治賞に

決まった、伊藤眞司詩集『切断荷重』(三重詩話会)は、鉄工の現場に従事する中から産み出

された、身体詩とも呼べそうなリアルで、現実を打つ労働現場からの作品世界である。

その中から少し変わった一編を紹介する。


 かもめ


  北海道の様似漁港へ出張工事に来た

俺の北限での労働だ


 廃魚処理機器据付工事は

 売り物にはならぬ生臭い廃魚のひっかたまりのように

 俺の身体を疲れさせ

 内部をどろどろな液体にした


 だが 妻よ

 この様似には『車屋』という

うまいラーメンの店があった


 ラーメンのスープをひとすくい飲むと

なんと

疲れがさあーっと飛んでゆくのだ


目のまえには

冬ちかい海があって

 親子岩という三つの岩がある

俺の疲れはかもめになって飛んでゆき 

父岩の頑丈な頂きに止まるのだよ


 潮風に

 にこ毛を吹かせているかもめ 


     〇


  俺のかもめはいまも仲間と飛んでいるか 


                   

 このような、ラーメン賛歌を書いた詩人を私は他に知らない。生きることと食が一体として捉

えられており、その確固とした精神の場所から、人生の救いのような時間が輝いて飛翔してい

る。

*

 それにつけても、この国の人々の精神性を根底から変えてしまったのは、戦後の高度経済

成長期に続いて、バブル経済へとなだれ込み、狂乱とも思える渦中にあった期間であった。そ

の後遺症のような混乱した現在が、いかにひどいものであったかを際限なく事件として露呈し

て見せている。それは衣・食・住の全てにわたっているいることをこの作品に触れて改めて考

えざるをえなかった。


 人間にとって、そのどれもが外せないものであるが、「衣」はほとんど飽和状態にあり、ブラン

ド品の問題は、国中が一億狂気のなかにあるとしか思えない。「住」にしても、国の進めてきた

持ち家政策が、いかに貧弱であったのか、小さなマンションのスラム化や狭い小家族用の持ち

家などは、ほとんど資産価値が失われている。


 「食」もまた、核家族化とコンビニ食や、単身赴任などによって、伝統的な食の在り方、家族

の関係が分断され、暮らしの中の精神的な関わりが薄らいできている。そのなかで、人と人を

つなぐために「食」がもたらしてきた作用と、失われた場合の精神に及ぼす破壊的な様相は、

どうにも救いようのない日々の姿となって私たちの前にあるのだ。


 その中で、何でもありのバブルの終焉の頃から、この国の食にはっきり一つの流れが入り込

んできたように見える。「食」を共同体を結ぶもの、家族の中心にあるものとする考えから、機

能的な機会、行為と捉える考え方である。例えば、サプリメントや栄養機能食と呼ばれる食品

や飲料で栄養素を満たすことである(これは、固形のペットフードで既に馴染ん光景だが)。一

方で、祝祭のイベントを飾るものとして、さらに快楽・欲望の対象に向いての過大な情報が氾

濫している。


*

 年末から年始にかけて、テレビの特番として二つの「フード・バトル」が企画された。以前、テ

レビでドラマ化されたバトル番組もあったが、これはスポーツの格闘技のようにトーナメントで

争われたのだ。従来の大食いだけではなく、早食い、早呑みの組み合わせである。食べるの

を楽しむというのではなく、時間を短縮するために丸ごと呑み込んでしまう方法である。笑い事

ではないが、それこそ「鵜呑み」の方法である。これまで行われてきた方法は、「大食い選手

権」というテレビ番組に代表される、ラーメンやカレーライスという単品の食品を、一定の時間

のうちに食べ続けて、その量を競うというものであった。おおよそB級グルメと呼ばれる庶民的

なレベルのものが多く、私なども大いに楽しんできたものであったが、今回の進化?したフー

ド・バトルは通常で考えられる「食」の概念を超えた、イベントと食に向かう欲望とこれまでの全

ての要素を集めた総集編のような趣を感じさせるものであった。これを見ていて、私は何か怯

えの感情に捉らわれていた。より高い視聴率を求める局の制作側とCM提供者の問題もあり、

私のように感じるものがいたのかどうか、私たちの生の現実を考えるとき、世界の置かれた状

態とその向かうべき方向に、逆行していることだけは確かだろう。 


*

 このように、国民意識も含めて「食」の有り方全般が変化してきたのだが、東京という巨大都

市のなかで、「東京」の中だからこそというべきか、特異な在り方をしてきたのが、「世界食」とし

て、また国民食として流通しているラーメンである。


  以前「詩と思想」誌に、一九九四年に新横浜に設立されたばかりの「ラーメン博物館」につい

て書いたことがあるが、その後の賑わい振りと、それに連れて全国的レベルでのラーメンブー

ムの火付け役となっている感がある。これはインターネットの急激な普及とも深く関わっている

と思うが、一九五八年の「チキンラーメン」発売以来のインスタント・ラーメンの袋物の生産が多

くのヒット商品を生み出し、家庭に広く普及している。もとより、「カップヌードル」を始めとした、

カップ麺の隆盛は、果てしない新製品の膨大な量の開発・発表となって現れているが、現在

は、主として食品大手の開発製品から、様々なニーズに対応するために、地域限定品の販

売、実際の全国的に名のある繁盛店や、それこそ「行列のできる店」の麺や、繁盛店の店主ら

による「共同開発麺」の作製など、主としてコンビニを販売路とする製品の展開として進められ

ている。また、街道筋に出店している「幸楽苑」は二部上場を果たしている。 


*    

  これは空前絶後のことで、これほどの規模で取り組まれたのは初めてのことであろう、三月

二十一日(春分の日)午後七時から十一時までの日本テレビの四時間の特番「史上最大!全

国民が選ぶ…美味しいラーメン屋さんベスト99!」は、今年の一月十一日から関東一円の人

にアンケート用紙を配布、またホームページを通して集めた11万2、798通の応答の結果、

3、724軒のラーメン店をリストアップし、その中から九十九軒の全国に散らばるラーメン店を

紹介したものである。


  配布先によって、ほぼ関東周辺に集中するのは当然のことであるが、その中に、新潟、札

幌、福岡の名店が入っており、神奈川八軒、千葉二軒、大阪一軒、埼玉一軒、東京都下七軒

と、それ以外が東京二十四区内にある店である。因に、その中の私の東京都区内のラーメン

店の実食数は三十八軒であるが、日々に装いを凝らして新開店する店の勢いにとても追いつ

けないのが実情である。


 それ程までに私たちを引き付ける、ラーメンのその魅力とは何であろうか。考えようによって

は、フルコース料理として、見た目にもバランスの取れた食品ということもできるだろう。ラーメ

ンは前菜(シナチク)、スープ(トンコツ、味噌、醤油、塩、豚骨醤油ダブルスープ、豚骨、鳥殻、

魚系のトリプルなど)、メイン(焼豚、鳥など)、サラダ(ネギ、小松菜、ホウレン草、カイワレなど

の青味)、そして主食である(麺)と、別々に調理されたものを、一つの丼に盛るという具合であ

る。ここから創造される世界は無限の可能性と拡がり、未知の喜びを生むということが出来る

ように思う。


  しかし、このラーメンという歴史の浅い食品の成り立ちが、戦後のこの国の復興と共にあっ

たことと、その激dしい「進化」の有り様と波動のような押し寄せる変化を身をもって体現できる

という喜びではないだろうか。 いわゆる、あっさりした鶏ガラ醤油スープに代表され、彩りとし

ての薄切りのナルトが添えられているのが「東京ラーメン」であり、その進化系が、「屋台屋」

(上馬)、「勝丸」(目黒)、「井上」(築地)など、今もなお主流の位置を占めている。


 その後一九六五年頃に起きた一大革命が、味噌に代表される「札幌味噌ラーメン」の全国展

開であった。「どさん子」チエーンは六八年に300店となっている。業務用スープの製造開始と

科学調味料の普及が背景にあるだろう。コーンを使い、モヤシを使いバターまでも加えたラー

メンは一時代を席巻してなお強い愛好者を擁している、「えぞ菊」(高田馬場)、「味噌一」(高円

寺)など、現在もさらに進化した専門店もあり、その時代に家族単位で馴染んだ家族食として

の味が強味として伝わっているのだと思われる。


 そのあとに、東京に上陸してきたのが、あの真っ白いスープに代表される「博多とんこつ」で

ある。「一蘭」(六本木)、「一風堂」(渋谷)、「桂花」(新宿)、「櫻風吹きが風に舞う」(新宿)、

「玄界灘」(神田・現在は無い。)などが、現在の繁盛店である。この時代になると、経済圏と交

通網の全国的な拡がりからサラリーマンの移動が多くなり、それに連れての食の移動であった

とも考えられる。 


 さらにその後に起こったことは、地域的に伝わり、独自の進化を遂げた、横浜の「家系」と言

われる醤油豚骨スープで太麺の、「いまむら」(横浜)、「中島家」(横浜)、「六角家」(横浜)など

である。 さらにその後は、函館ラーメンに代表される「塩」のブレークで、「ゆうひや」(赤羽)、

「山形屋」(神田)、「箱館や」(自由が丘)など、多くの店が新味を競っている。また、どの店で出

すようになったのが「つけ麺」で、新店の「湯一」(新宿御苑)がユニークだ。


 それらの特徴を町おこし的に盛り立ててきたのが、「ご当地ラーメン」という呼称である。観光

目的として、受け入れる待ちの要素を強く持つものであったが、この三年位は、地方からの逆

襲と思われるほどに激しく東京進出が急である。「喜多方」、「佐野」、「広島」、「尾道」、「函

館」、「京都」「徳島」、「新潟」などの名を冠したラーメン店である。この三月からは、ブームと情

報の発信元の一つである、ラーメン博物館に、既存の八店(「支那そばや」、「旭川 蜂屋」、

「札幌 すみれ」、「京都 新福菜館」、「東京 勝丸」、「横浜 六角家」、「久留米 魁龍」、「熊

本 こむらさき」)に加え、一年間限定で出店されるのが、「八戸麺道 大陸」である、これなど

は、マスコミを通して造られた「青森」という、ご当地ラーメンのはっきりした姿である。


 これらを、混乱と同時に、雑多な傾向をも許容出来るのが、大都市東京の姿でもあるが、売

れ行き、視聴率が良いというだけで取り上げられ作られる行列ブームといい、週刊誌、テレビ

などのマスコミの過剰な取り上げ方が、異常な量の報道突出としてあるのは、インターネット情

報の先導があるからでもある。情報のバブルといってよい状況である。しかし、実体としてラー

メン市場全体の成長率は僅かであり、その全体の傾向は質的な変化に向いているように見え

る。つまり、今後は果てしない新店の登場と同時に既存店の撤退、閉店が繰り返され、さらに

日常的な庶民の食生活に結び付いていた、従来の中華店の淘汰にまで進むことになるのだろ

う。現在のブームとその主役の役割を果たしている人達の姿勢からは、社会的な「食」の場を

支える存在とは異質な、極めて個的な目的を追求している感じを受ける。目先の利益のみを

追う、それは市場主義そのものを体言している最先鋭な現場かもしれないのだ。  

(「詩と思想」展望2002年6月号掲載)



「作品紹介」



カップラーメン


三分間待つのだぞ

ぼくたちはずっと待たされてきた

飽食の時代に

さらに三分間待てとは

食欲をいや増すための企みでしかない

あなたは羞らいを装って

罠を仕掛ける

ぼくたちの性急は

三分間を待ちきれない

じっとガマンの子でありつづけたら

老人になってしまう

もういいかな

そっと蓋を開けて

わずかな隙間からうかがえば

あなたはまだ熟していない

堅く身を閉じて

ピシャリと拒絶する

まだほぐれていない

食べてはいけないのだ

三分間待つのだぞ

先ず熱湯を注ぎました

蓋をしました

それから秒針を睨み

きっかり三分間

待ちました

待ちつづけました

ぼくたちの過激な食欲を嘲笑しながら

たっぷりお湯を含み

次第に含羞をほぐして

柔らかく膨張してきました

あなたもぼくたちを待っているのだ

機を逸してはいけない

もういいかな

蓋を開け

箸を差し入れ

そつと掻き回すと香ばしい匂い

ほどほどの歯ごたえ・舌触り

そしておいしいスープ

汗を掻きながら

フーフー

ぼくたちは夢中になって食べる


(高橋英司・詩集『カップラーメン/ほか』より)



ラー麺


暖簾をめくると

熱気

灯る店員のかお


ラー麺屋はすべて地下で繋がっている

マグマのように地上に煮え出した

ラー麺の触手


あついつゆに

ぽたぽたおちる


せびろのせなか


一人でラー麺屋に入れますか?

はい、もちろんイエスです。

どうして恥ずかしいことがあろうか

丼にひたるかお


並ぶ人店から外へ繋がりうねりその刹那楽しげ切なげに

それぞれの時間を落とし

激しく吸い込む麺と酸素

食欲

そして汁 なにかがふんだんに煮込まれた汁

せなか せなか


しずかに光る お冷や

哀しいことなどあろうか


(「詩と思想研究会」アンソロジー2006掲載 りょう城作品)